ピンクのモーツァルト3
昨日は聖子ちゃん、仙台だったのか。
長くなりましたが完結編です。
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彼女は毎日何時間かはピアノを弾いていた。家の中にばかりいて外出することはなかったので、僕が連れ出して海岸を少し歩いてみた。彼女が着ている白い生地の夏服は、シゲさんが彼女のためにミシンを踏んだものだった。「ずいぶん久しぶりに作ったもんだから、今の若い人に合うかどうか。」なんてシゲさんは言ったけれど、彼女はその時本当にうれしそうな顔をしていた。
「君のピアノは僕だけが独占していてはいけない。世の中のみんなに聴かせてあげなくちゃいけないと思うんだ。」砂浜を歩きながら僕が言うと、彼女は何も言わずに僕の目を見つめた。
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夏が終わろうとしていた。
僕は都内のレコード会社のスタジオで知り合いのディレクターと会っていた。元々依頼を受けていた仕事、「安眠のための音楽」とか「目覚めさわやかクラシック」とかそいういう企画物CDだが、その打ち合わせなどをした後、僕はこの前の録音テープを取り出した。
「僕のオリジナル曲なんだけどちょっと聞いてくれないかな。」
「いいけど、君のは一般受けしないからなあ。」
と言いながら彼はテープをデッキに入れて回し始めた。
「ん?これ演奏は君じゃないだろ。」
「いや、僕も随分練習したんだ。」
「おいおい、冗談はやめてくれよ。」彼は真剣な表情に変って聞いていた。
「良い曲だな。特に最後のところの盛り上げ方がいいな。斬新だ。」
僕は種明かしして、我が家にいる天才ピアニストの話をした。
「で、これ君のところでCDにできないかな。」
「面白いかもしれないな。このテープはもらってていいんだろ。検討してみるよ。ただ・・」
「何だい」
「ん、ああ。この音色は前にどこかで聞いたことがあるような気がするんだが思い出せないんだ。いや、とにかく検討してみるよ。ひょっとしたらこいつは当たるかも知れない。この曲、タイトルは?」
「イヴのテーマ、だ。」
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帰ってきて、彼女にレコード会社の話をした。
「もしかしたら君のピアノ、CDを出せるかもしれないよ。」
「そうなんですか。わたしの演奏が・・」
「この前の曲とそれから僕のオリジナル曲を何曲か入れて、あとはスタンダードな名曲を入れるか、他の作曲家の先生のにするか、その辺はレコード会社の企画次第だけど。」ディレクターの反応が良かったので、もっぱら僕の方が興奮してしまっていたのだろう。僕は彼女が喜んでくれるのを期待していた。だが、彼女の表情は晴れなかった。
「そういえばディレクターが気になる事を言ってたなあ。君と同じ弾き方のピアノを前に聴いたことがあるっていうんだ。彼が調べてくれれば、もしかしたら君の失くした記憶の手がかりもつかめるかもしれないね。」僕がそういうと彼女は笑顔を作って見せた。
その夜は月が明るかった。
ベッドに入って灯りを消してもカーテンを通して月の光がもれ入ってきていた。CDの件は僕が先走りすぎたのだろうかとか、あれこれ考えると寝付けなかった。
そっとドアを開けて部屋に白い人影が入ってきた。月灯りで、白いローブを着た彼女であることはすぐにわかったが、僕は声はかけずに眠っている振りをしていた。
彼女はベッドの僕のところに近寄り、身をかがめて僕の唇に口づけた。
その時に僕の顔に濡れた感触を感じた。僕は目を開けて彼女の顔にそっと手を伸ばした。彼女の瞳が涙で濡れているのがわかった。
僕は彼女の背中に手を回して彼女の身体を抱きよせ、もう一度僕から彼女の唇にキスをした。彼女の身体は折れそうに細く、溶けてしまいそうに柔らかかった。
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朝に目覚めた時には僕のベッドに彼女の姿はなかった。先に起きて自分の部屋に戻ったのだろうと思い、着替えて居間に行った。シゲさんが朝食の支度をしていた。
昨夜のことをシゲさんに知られたら気まずいな、と思い僕は何気ない素振りで聞いてみた。
「イヴはまだ寝てるのかい。」
「あら、今朝は遅いですねえ。坊ちゃん起こしてきて下さいよ。もう朝ご飯できちゃいますから。」
彼女の部屋に行こうとして、ピアノのところを通った時に、手紙がおいてあるのが見えた。封筒の表には僕の名前が書いてあった。胸騒ぎがして急いで中を見た。
私は悪い女です。
私はある目的のためにあなたのところに来ました。それはとても良くないことでした。
でも、あなたは私にとても優しくしてくれました。
私はあなたの曲が大好きになりました。そしてあなたが大好きになりました。
でも私のような悪い女にはそんなことは許されません。
私はここにいませんでした。
私のことは全て忘れて下さい。ありがとう。
さようなら。 イヴ
彼女の部屋を開けてみたが、もうそこに彼女の姿はなかった。彼女のために買った洋服やいろんなものは全て残されていた。夏服一枚だけを着て出て行ったようだった。
僕は呆然として居間に戻り、シゲさんに彼女の手紙を見せた。
シゲさんは手紙を読んだ後首を横に振った。
「あの子は、いい子でしたよ。坊ちゃん、あの子はとてもいい子でしたよ。」
そう言うとシゲさんは涙を流した。
わかってるよ、シゲさん。
大丈夫、僕はたとえ何年かかろうと彼女を見つけ出す。
きっとまた逢えるさ。
(おしまい)






