ケレン(天才、松田聖子4)
件の九州沖縄地区限定CMですが、ネットで見られるようになってました。
何回も見ちゃったよ。。
聖子ちゃんの天才を語るキーワードとして、これかなと思うのがこれ。
ケレン
漢字では「外連」、ですか。
まあ、普通はケレン味のない、などと使われるのであまり良い意味には取られないわけですが。
元は歌舞伎あたりなんでしょうかね。
大袈裟な仕掛けや衣装で観客の度肝を抜く。演技の洗練や様式美とは別のところで客を驚かせ目をくらませる、そんなところでしょうか。もともとは歌舞伎、歌舞くといういうのもそんな意味だったのでしょうが、現代のように伝統芸能となってしまうとそういうのは一段下の芸風と見られてしまう。それがケレンかと。
80年代前半、聖子ちゃんは「声」のケレンで一世を風靡しました。普通に歌えばその声量で大向こうを唸らせることが出来るのに、彼女が選択したのは魔術師的なブリッ子唱法でした。「わざと下手に歌ってる」とまで言われた「渚のバルコニー」やわざわざテイクを採り直した「ブルージュの鐘」に代表されるように、およそ普通使われることのない嬌声、媚び、いろんな声を動員して歌の世界を華やかに彩りました。まさにケレンで好きな人には堪らないが受け入れられない人には唾棄すべき邪道と映ったでしょう。
僕の時代のアルペンスキーのヒーローにインゲマル・ステンマルクがいます。現代のマッチョなアルペン・スキーから見れば実にクラシックで優雅な滑りと思えますが、彼が北欧の片田舎でキャリアをスタートした頃はその革新的なスキー操作は矯正すべき不格好なものと見なされていたといいます。アルペンスキーは速いものこそが正義、ステンマルクの滑りはやがて正統となりました。
松田聖子の歌唱、ケレンは聴衆の圧倒的な支持によって普遍となりました。ただし彼女の革命的な歌唱をトレースする後継者はついに現れなかったのが、ステンマルクとの違いかもしれません。
やがて彼女はショービジネスを生涯の生業と思い定め、声だけの魔術師から視覚的なケレンにも領域を広げて行きました。自分でも決して得意とは思わないダンスにもしつこいほどに取り組み、そしてメイクや衣装にも独自のアイデアを展開して行きました。
1989年のLive Video、「SWEET SPARK STREAM」ではラストのヒット曲メドレーにフルーツ山盛りの衣装の聖子ちゃんが登場します。頭に山盛りのフルーツと花、まあここまではギリシャ神話の豊穣の女神にこんなのがあったかなと。でも腰の前には巨大なスイカのスライス、しかもストローまで刺してあります。「俺たちひょうきん族」?少なくともストローはどう見ても本人も邪魔そうです。これで度肝は十分に抜かれるわけですが、ここで終わりません。
今の言葉で言うと「ネタバレ」ということになるのでしょうが、最後の最後の盛り上がりの中、「Rock'n Rouge」で会場が暗転したと思うと巨大スイカの種が電飾になっていて、闇の中にスイカの種がきらめきます。ケレンとはまさにこういうことを言うのではないかと。
1994年の「Video Bible」で「四六時中いつも新しいアイデアを考えている」と語っている聖子ちゃんですから、光るスイカの種もその中の一つだったのでしょう。有名なTVでの「抱いて・・・」の落ちる片肌もファンを喜ばせるケレンだったに違いありません。
ケレンこそ松田聖子。それは勇気と言い換えてもいい。そしてそれは観る者にも何か勇気を与えてくれる。これもまた天才。
(すいません、酔っぱらってます。もう遅かけん。。)


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