1996
いずれ松田聖子についてはきちんとした評伝なり伝記が書かれるべきだと思っている。その際には1996年は多くのページが割かれることは間違いない。
およそ1996年の松田聖子は多忙であったと思われる。
ソニー・ミュージックからユニバーサルに移籍。
アルバム「Vanity Fair」、「WAS IT THE FUTURE」、ミニアルバム「Guardian Angel」をリリース。
シングルも「あなたに逢いたくて〜Missing You〜/明日へと駆け出してゆこう」
「Let's Talk About It」
「I'll Be There For You」
「さよならの瞬間」
「Good For You」と5枚出ている。
「I'll Be There For You」は映画「サロゲート・マザー」の主題歌なので、映画の公開もこの年と思われる。
曲作りや映画撮影など仕込みは前年からの作業もあっただろうが、それにしてもアイドル期に匹敵する、あるいは上回る仕事量だったのではないか。80年代前半にはなかったPVもかなり凝ったものを作っている。(脱線になるがPVでの演技を見ると女優・松田聖子の演技力も結構なものと思われるのだが、やはりしゃべらんほうがいいということか?)
しかも「あなたに逢いたくて〜」はミリオンセラーとなり、松田聖子最大のヒット曲(レコード、CDの売れ方には時代背景的なものもあるので単純な比較は困難と思うが、少なくと数字上はそうである。)となっている。仕事量というだけではなく、結果も残した年ということになる。
レコード会社の移籍には、海外進出への強い意欲が影響していたと言われるが、ソニー・ミュージックとの歴史を考えると実に並々ならぬ決意であったと推測されるし、その中でのビッグ・ヒットは彼女自身を大きく勇気付けたのではないか。
アルバム「Vanity Fair」は、強い女・全てを手に入れる女・強欲な女という新しい松田聖子のイメージを逆手に取ったとも思われ、タイトルが秀逸である。一種の女性版ピカレスク・ロマン。(いや、そんなにワルになったわけではないだろうが。)
しかしこの鬼神のような仕事はやはり何かを犠牲にしなければならなかったのかもしれない。松田聖子とて、全てを手に入れる全能の神ではない。
翌1997年の1月には神田正輝との離婚が成立する。96年にはすでに決定的となっていたであろう。「さよならの瞬間」は予言の曲とも見える。「Vanity Fair」の中のいくつかの曲もまた失いかけている愛を描いて実に切ない。
アーティストの作品とそのパーソナルな実人生とは分離されるべきであるというのは正論だが、さて人間のすることにそんな割り切りが常に正しいとは思えない。
1997年、松田聖子は実父に死別。また6月にはかつてのほとんどの曲のアレンジと数々の名曲の作曲を手掛け、個人的にも親交の深かった大村雅朗が亡くなっている。
絶頂とは深い谷を用意しているものらしい。
「Vanity Fair」を聴きながら、強い女を演じている松田聖子を僕は応援する。がんばれ聖子。
ちなみに、1996年自分は何をしていたか。唖然とするほどに何も記憶がない。
いや頑張るのは自分のほうだな。


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