ピーチ・シャーベット
「ピーチ・シャーベット」はなんでピーチなんでしょうか。オレンジやグレープでは語呂が悪いのかもしれませんが、桃ってやっぱりちょっとエロティックな感じがあるんじゃないかと思います。またまた妄想が・・・
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その日、僕はいつものスポーツクラブのプールに泳ぎに来ていた。部屋の片づけやら洗濯をすませた後、プールに来て3kmを泳いでその後のビールの分のカロリーを予め消費しておく。それがいつもの僕の休日の過ごし方だ。独身で彼女もいない僕には後はこれと言った用事もない。
この日もいつも通りゆっくり3km泳いで、ほっとけば出て来ようとするお腹と戦った後、プールから上がった僕は声をかけられた。
「原田くん?原田くんでしょ。」
声 のほうを振り向くと、若い女性だった。ほっそりした水着のシルエット、張りのある白い肌、どうみても僕より一回りは若そうな子だが、残念ながら僕にはそんな知り合いはまったく思いあたらない。うちの職場にはそんな年代の子はいないし、キャバクラとかにも行かないし。しかし向こうは僕の名前を確かに知っているようだ。
「わたしよ。のりこ。ほら、高校の同じクラスの。」
言われて気がついた。確かに彼女の顔には高校の頃よりはずっと すっきりした感じにはなっているが、同級生の のりちゃんの面影が残っている。それにしても、若すぎる。当然僕と同じ年齢だからもう四捨五入すれば四十のはずだが、スイミングキャップの彼女の素顔は20代半ばぐらいにしか見えない。
「君もここの会員だったの。びっくりしたよ。」
「うん、わたし最近入会したばかりだから。プールも今日初めてなのよ。
でもほんとに久しぶりね。ねえ、どこかでお茶しない。」
スポーツクラブのビルの1階がカフェになっていて、普段はここで最初の1杯目のビールを飲んだりしている。オープンカフェもあるが、8月の午後、さすがに外の日射しは遠慮して、中の窓際のテーブルに席を取った。
待っていると、しばらくして彼女がやってきて僕の向かいに座った。
着替えた彼女は水着の時とは違って、きちんと化粧をしていて大人っぽい印象にはなっているが、やはりどうみても自分と同じ年代には見えなかった。明るい色に染めた長い髪は柔らかにウェーブしている。女性の洋服のことは僕にはよくわからないが、やはり若々しくてそれでいて上品な感じがする。
「原田くん、卒業以来かしら。」
「うん、そうだね。でもこんなところで会うなんてね。」
「ほんと。原田くん今でも鍛えてるのね。」
「鍛えてるってほどじゃないさ。中年太りになるのをようやく押しとどめてるってとこかな。」
「でも、高校の頃の原田くんスポーツマンだったから女の子に人気あったのよ。」
「ええ?初耳だな。みんな僕のこと筋肉馬鹿とかなんとか言ってたんじゃないの。実際全然もてなかったし。」
「だって原田くん、良美と付き合ってたでしょ。だからみんな遠慮してたのよ。わたしもね。」
意外だった。良美という子は確かに幼馴染で仲のいい友達だったが、そんなつもりはなかったし、彼女もそうだと思っていた。それにしても「わたしもね」ってのは一体・・・。
のりちゃんこそ人気ものだった。クラス中の男子が内心狙っていたはずだが、彼女にはいつも彼氏の噂があって、みんな遠慮していたのだった。僕も彼女にあこがれていたが、告白する勇気がなかった。
「良美ちゃんなんてどうしてるんだろう。知ってる?」
「あら、原田くんほんとに知らないの?冷たーい。
彼女幸せよ。素敵な旦那さまと子供たちがいて。今はパリに駐在って聞いたけど。原田くんを選ばなくて良かったみたいね。」
「やれやれ、僕はいつのまにか振られたわけか。」
二人で大笑いになったところに彼女が頼んだピーチ・シャーベットが来た。
「わたしね、ピーチなんとかって見るとつい頼んじゃうの。」
彼女が言ってる意味はすぐわかった。僕らの郷里、同じ高校ですごした町は桃が名産だった。というより桃以外にはこれという何もないところだった。
「原田くん、帰ったりしてるの?」
「いや、うちは親も兄貴のところに行っちゃったから、向こうには誰もいないんだ。」
「そうなの。わたしもずっと帰ってない。だからピーチ・シャーベットでもなつかしい気がするの。変よね、桃なんてほとんど入ってないのに。」彼女はシャーベットを口に運びながらそんなことを言った。
「桃の花の季節はきれいだったわね。山の雪がまだ白くって。」僕はつい彼女の唇に見とれていた。
その後、話はクラスメートの消息などで盛り上がった。僕の知らなかったクラスメート同士が意外なカップルになっていたりして、話は尽きなかった。ただ、お互い自分自身の話はなんとなく避けているような感じだった。
「今日、原田くんに会えてよかった。いろんな話できて楽しかった。ありがとう。」
「またプールに来る?」
「ええ、多分」
僕はちょっとだけ勇気を出した。
「桃のシャンパンて知ってる?」
「え、聞いたことはあるけど。飲んだことはないわ。」
「じゃあ、今度ご馳走するよ。いい店を知ってるんだ。」
彼女が何気なくブラウスの胸のボタンを一つはずした。つい目が彼女の白いきれいな胸元に行ってしまった。そしてボタンをはずした手の薬指に目がとまった。
迂闊な男だ。彼女みたいな美女が独身でいるほうがおかしい。指輪をしてて当たり前だ。
僕がつい視線を止めてしまったのに彼女は気づき、
「あらごめんなさい。わたし暑がりだから。お行儀悪いわね。」とボタンを止めなおした。その後、僕の視線の先が指輪であるのに気づいたように、左手を右手の中に隠した。
だが、すぐに手を広げて左手の甲を自分のほうに向けて指輪を眺めながら、彼女は寂しげな笑みを浮かべた。
「この指輪、もうすぐいらなくなるの。でも今はまだ外したくないの。」
彼女はちょっと何かを考えるような間の後、明るい笑顔を見せた。
「桃のシャンパン、楽しみにしてるわね。」
外に出ると太陽はまだ高いところにあった。青い空に大きな入道雲が見えた。
(おしまい)
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その日、僕はいつものスポーツクラブのプールに泳ぎに来ていた。部屋の片づけやら洗濯をすませた後、プールに来て3kmを泳いでその後のビールの分のカロリーを予め消費しておく。それがいつもの僕の休日の過ごし方だ。独身で彼女もいない僕には後はこれと言った用事もない。
この日もいつも通りゆっくり3km泳いで、ほっとけば出て来ようとするお腹と戦った後、プールから上がった僕は声をかけられた。
「原田くん?原田くんでしょ。」
声 のほうを振り向くと、若い女性だった。ほっそりした水着のシルエット、張りのある白い肌、どうみても僕より一回りは若そうな子だが、残念ながら僕にはそんな知り合いはまったく思いあたらない。うちの職場にはそんな年代の子はいないし、キャバクラとかにも行かないし。しかし向こうは僕の名前を確かに知っているようだ。
「わたしよ。のりこ。ほら、高校の同じクラスの。」
言われて気がついた。確かに彼女の顔には高校の頃よりはずっと すっきりした感じにはなっているが、同級生の のりちゃんの面影が残っている。それにしても、若すぎる。当然僕と同じ年齢だからもう四捨五入すれば四十のはずだが、スイミングキャップの彼女の素顔は20代半ばぐらいにしか見えない。
「君もここの会員だったの。びっくりしたよ。」
「うん、わたし最近入会したばかりだから。プールも今日初めてなのよ。
でもほんとに久しぶりね。ねえ、どこかでお茶しない。」
スポーツクラブのビルの1階がカフェになっていて、普段はここで最初の1杯目のビールを飲んだりしている。オープンカフェもあるが、8月の午後、さすがに外の日射しは遠慮して、中の窓際のテーブルに席を取った。
待っていると、しばらくして彼女がやってきて僕の向かいに座った。
着替えた彼女は水着の時とは違って、きちんと化粧をしていて大人っぽい印象にはなっているが、やはりどうみても自分と同じ年代には見えなかった。明るい色に染めた長い髪は柔らかにウェーブしている。女性の洋服のことは僕にはよくわからないが、やはり若々しくてそれでいて上品な感じがする。
「原田くん、卒業以来かしら。」
「うん、そうだね。でもこんなところで会うなんてね。」
「ほんと。原田くん今でも鍛えてるのね。」
「鍛えてるってほどじゃないさ。中年太りになるのをようやく押しとどめてるってとこかな。」
「でも、高校の頃の原田くんスポーツマンだったから女の子に人気あったのよ。」
「ええ?初耳だな。みんな僕のこと筋肉馬鹿とかなんとか言ってたんじゃないの。実際全然もてなかったし。」
「だって原田くん、良美と付き合ってたでしょ。だからみんな遠慮してたのよ。わたしもね。」
意外だった。良美という子は確かに幼馴染で仲のいい友達だったが、そんなつもりはなかったし、彼女もそうだと思っていた。それにしても「わたしもね」ってのは一体・・・。
のりちゃんこそ人気ものだった。クラス中の男子が内心狙っていたはずだが、彼女にはいつも彼氏の噂があって、みんな遠慮していたのだった。僕も彼女にあこがれていたが、告白する勇気がなかった。
「良美ちゃんなんてどうしてるんだろう。知ってる?」
「あら、原田くんほんとに知らないの?冷たーい。
彼女幸せよ。素敵な旦那さまと子供たちがいて。今はパリに駐在って聞いたけど。原田くんを選ばなくて良かったみたいね。」
「やれやれ、僕はいつのまにか振られたわけか。」
二人で大笑いになったところに彼女が頼んだピーチ・シャーベットが来た。
「わたしね、ピーチなんとかって見るとつい頼んじゃうの。」
彼女が言ってる意味はすぐわかった。僕らの郷里、同じ高校ですごした町は桃が名産だった。というより桃以外にはこれという何もないところだった。
「原田くん、帰ったりしてるの?」
「いや、うちは親も兄貴のところに行っちゃったから、向こうには誰もいないんだ。」
「そうなの。わたしもずっと帰ってない。だからピーチ・シャーベットでもなつかしい気がするの。変よね、桃なんてほとんど入ってないのに。」彼女はシャーベットを口に運びながらそんなことを言った。
「桃の花の季節はきれいだったわね。山の雪がまだ白くって。」僕はつい彼女の唇に見とれていた。
その後、話はクラスメートの消息などで盛り上がった。僕の知らなかったクラスメート同士が意外なカップルになっていたりして、話は尽きなかった。ただ、お互い自分自身の話はなんとなく避けているような感じだった。
「今日、原田くんに会えてよかった。いろんな話できて楽しかった。ありがとう。」
「またプールに来る?」
「ええ、多分」
僕はちょっとだけ勇気を出した。
「桃のシャンパンて知ってる?」
「え、聞いたことはあるけど。飲んだことはないわ。」
「じゃあ、今度ご馳走するよ。いい店を知ってるんだ。」
彼女が何気なくブラウスの胸のボタンを一つはずした。つい目が彼女の白いきれいな胸元に行ってしまった。そしてボタンをはずした手の薬指に目がとまった。
迂闊な男だ。彼女みたいな美女が独身でいるほうがおかしい。指輪をしてて当たり前だ。
僕がつい視線を止めてしまったのに彼女は気づき、
「あらごめんなさい。わたし暑がりだから。お行儀悪いわね。」とボタンを止めなおした。その後、僕の視線の先が指輪であるのに気づいたように、左手を右手の中に隠した。
だが、すぐに手を広げて左手の甲を自分のほうに向けて指輪を眺めながら、彼女は寂しげな笑みを浮かべた。
「この指輪、もうすぐいらなくなるの。でも今はまだ外したくないの。」
彼女はちょっと何かを考えるような間の後、明るい笑顔を見せた。
「桃のシャンパン、楽しみにしてるわね。」
外に出ると太陽はまだ高いところにあった。青い空に大きな入道雲が見えた。
(おしまい)


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